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いよいよ最終章です。
ここまで読んでいただいてくださった方、まだこれから読む方もおられると思います。
一部加筆、修正が加わっているのでプロローグから全部載せたいと思います。
例のごとく転載等一切許可いたしません。
読んでいて誤字脱字(特に名前の変換ミスなど)を見つけられましたらコメントくだされば幸いです。
また、感想も寄せていただければとても参考になります。
感想など公開してほしくない場合はその旨を記入いただければこちらから公開することはしませんのでお気軽にお願いいたします。
それでは、
続きからどうぞ。
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それでは、
続きからどうぞ。
プロローグ
閑静な住宅街でザワザワと街路樹が風に揺られる音が聞こえる。時刻は深夜二時。少年は自分の部屋から金属バットを取り出す。あらかじめ数日前に仕込んでいたものだ。大丈夫。できる。僕はやれる。そう自分に言い聞かせ少年はそっと自分の部屋のドアを閉め、足音を立てないように慎重に二階の廊下を進む。息を殺しながらゆっくり一段、また一段と階段を降りる。そして、一階に降りたころには少年は冷や汗をどっとかいていた。あせるな。そう考え少年は父が眠る和室へと向かう。
父を撲殺するために。
廊下を慎重に進み、もう少しで和室、というところで後ろのほうから気配を感じ、少年は振り向き息を呑む。そこには大鎌を持った一人の少女の姿があった。黒い布のようなものを纏い、漆黒に染まったような髪をなびかせ、少女は言う。
「ごめんなさい。」
ひどく悲しい声だった。少女は暗闇でもはっきりと分かる鳶色の目から大粒の涙を流し、泣いていた。刹那、少女は大鎌を振り下ろす。少年は反応すら出来ず大鎌に切り裂かれた。そして少年は灰になって散った。後に残されたのは少年の魂と一人の少女だけ。少女は少年の魂に手をかざした。魂はまるで吸い寄せられるかのようにその手の中に消えた。少女からは、うっ、という嗚咽が漏れる。少女は肩を振るわせ泣いた。少年の記憶が、荒んでいった心が、追い詰められていくつらさが、くすんだ魂の嘆きが、少女へと伝わっていく。
「ごめんなさい・・・。」
少女は謝った。何に謝ったかは分からない。でも少女は謝った。
不意に背後に影が一つ現われる。
「大丈夫か?アキ。」
アキと呼ばれた少女は泣きながらうなずく。
「帰ろう。」
そう影が言う。
「うん。帰ろう、ケイ。」
少女は涙をこぼしながらとぼとぼと影の元まで歩く。
ケイと呼ばれた影は、すぅっと一人の少年へと変わる。いや、戻る。
ケイは泣いているアキの肩を支えてやる。そして思う。つらいよなアキ。苦しいよな。だってお前は優しすぎる。アキ、お前の涙は俺が背負ってやる。
「掴まってろ。」
少女はうなずく。そしてケイは飛ぶ。優しすぎる少女を抱きかかえながら。そして、チラと振り返る。遥か彼方に先ほどの少年が住んでいた家が見える。だがもう少年はいない。肉体が消滅し、魂も奪われたのだから。少年は世界から欠落した。もう翌朝少年の周りの人々に彼を覚えている人はいないだろう。学校の机も、部屋にあったものも、生きた証全てを。彼は元々いなかったことになった。それがまた、少女の心を締め付けていた。
あとどれほど繰り返せばアキは救われる?あとどれだけ涙を流せば開放される?あとどれだけアキの心に傷をつければ済む?ケイは自分の無力さが許せなかった。アキは泣いているのに。苦しんでいるのに。そばにいてやるしか出来ない自分がたまらなく許せなかった。
世界は巡る。人々の笑顔、悲しみ、それらを抱え時は流れる。無限のような魂の連鎖は終わることはない。
――第一章―― 「罪」
「亜紀子、起きなさい。学校に遅刻するよ。」
その一言で私は目が覚めた。ああ、もう朝か。昨日は遊び過ぎちゃったかな。眠い・・・。半分寝たまま制服に着替える。眠気で重くなったまぶたをこすりながら私は部屋を出てリビングへと向かう。キッチンでは朝食を用意しているお父さんの姿があった。お母さんはいない。七年前、浮気相手の男のもとへ、行った。まだ九歳だった私と、優しい父を残して。それ以来幼い私をお父さんは男で一つでここまで育ててくれた。本当にお父さんは優しくて、私は寂しくなんかなかった。
ただ、あの日以来お父さんはお酒を飲むたびに我を忘れて私に、母を、いや、あの女を重ね、拳を振り上げるようになった。それでも酔いがさめると、元のお父さんで。泣いて謝って。またお酒を飲んでは殴って。それの繰り返し。
ここ一年程父は全くお酒を飲んでいない。だから、私の傷は少しづつ癒えてきてて。大好きなお父さんと、楽しい日々を過ごしていた。
「おはよう、亜紀子。」
「おはよー、おとーさん。」
ああ、やっぱり眠い。今日は早めに寝ようかな。そんないつもの日常。いつもの朝。
「今日は部活何時ぐらいまであるんだ?」
「んー、コンクール近いから遅くなりそう。」
私は、市内の高校に通う高校一年生。所属部は吹奏楽部。お父さんの勧めで何となく始め、そのうち音楽が好きになって。中学校からの吹奏楽部。来週の初めにはコンクールがあって、今はそれに向けて必死に練習を重ねているところ。
「なら、帰る時は気をつけなさい。迎えにいっても構わないし。」
「わかってる。大丈夫、ちゃんと帰るよ。じゃあいってきまーす!」
私は鞄を引っつかんで玄関へと向かう。
「いってらっしゃい!気をつけていくんだぞー!」
「わかってるって!いってきます!」
もう。私だっていつまでも子供じゃないんだから。心の中ではムスッと口を尖らせてみるけど、きっと、いや絶対私は笑っているんだろうな。いつもの日常。いつもの日々。これからもずっと続くと信じていたささやかな幸せの時間。でも、突然終わりはやってくる。
部活も終わり家に帰る。あれ?家の前に車が止まってる・・・。誰だろう?お客さんかな。そう思いながら玄関の前まで行くと、家の中から口論する声が聞こえた。
「亜紀子は絶対にお前には渡さん!」
めったに聞かない父の怒鳴り声。
「いいえ!あの子は私が引き取って育てます!」
心のどこかで忘れていた、忘れようとしていた、けど忘れられない声。小さい頃聞き育ったあの女の声。どうやら、突然訪れてきて私を連れて行こうとしているらしい。でも私はあんな女には付いて行かない。私とお父さんを捨てていった奴のところなんかに行く気は全くない。何で今さら!と私の中に怒りの感情が込みあがってくる。そして玄関を開けた刹那、あの女が出てきた。
「亜紀子!」
やめて。私を、お父さんを捨てていったくせに、気安く呼ばないで。
「来なさい!」
私は無理やり腕を引っ張られた。力ずくでも私を連れて行きたいらしい。
「亜紀子を放せ!」
そういったお父さんが、眼を血走らせ、包丁を持って玄関まで出てきた。そして、女めがけて包丁を―――
瞬間の出来事。私は、大嫌いなはずの母を、自分を捨て、父を捨てた女をかばっていた。
「う・・・。」
お腹の辺りに刺さった包丁。私の手は、服は、もう血だらけだった。
「あ、亜紀子!!どうして!」
「亜紀子!?」
父が、母が、叫ぶ。どうしてだろう?こんなに血が出ているのに。全然痛くない。体中が熱くて、意識がボーっとする。ああ、お父さん泣かないで。お母さん、泣かないで。私まで泣きたくなっちゃうよ。お願い。泣かないで。意識が薄れる。体中が氷の様に寒い。私は普通に過ごしたかったのに。平凡にただ毎日を過ごしたかったのに。どうして?どうして叶わないの?どうして、お父さんが泣かなきゃいけないの?どうして、お母さんも泣かなきゃいけないの?どうして私は幸せになっちゃいけないの?ねぇ、なんで?そして、私はそこで「途切れ」た。
すぅっと、視界が鮮明になる。目に入ってきたのは白。ここ・・・・どこ?病院?視界も意識もぼやけたまま。
「私生きてたの・・・・?」
ぼやけていた視界が、意識がだんだんと明瞭になってくる。そして気付く。ここは病院なんかじゃない。私がいるのはただ何処までも遥か彼方まで天の果てまでただただ白一色の世界。他には私以外の色は全く無い。そのせいで無限の虚空に漂っているような浮遊感と、今いる場所がひどくせまいような閉塞感の相反する奇妙な感覚を受ける。
「ここ、どこなの?誰かいないの?」
問いかけてみてもただ声が響くだけで何も起こらない。私は立ち上がって歩き出す。何処まで歩いても白。自分がまっすぐ歩いているのか滅茶苦茶に歩いているのか、かなり歩いたのか、全然歩いていないのか、全く分からない。あるのはただ白。ふと、頬を何かが流れる感触に気付く。それは液体。透明な液体。それは私の眼から流れていた。私は泣いていた。
「お父さん・・・・どこ?」
返事は無い。
「お母さん・・・」
しかし世界は答えない。
そっか、私死んじゃったんだ。私はその場にへたり込んだ。涙が、感情が、堰を切って流れ出す。もう声にもならない嗚咽を漏らしながら私は泣いた。
どれだけ時間が経ったのだろう。私は眠りに付いていた。そして夢を見ていた。懐かしい、まだ幸せに溢れていた頃。私はお父さんとお母さんと一緒に海に来ていた。確か六歳ぐらいのとき。私は初めて来た海に興奮してて、一日中遊んで遊んで。お父さんとお母さんと一緒に手をつないで。遊び疲れて眠っちゃって。もう戻ることの無い日々。私は眼を覚ます。と、頭に電流が流れたような瞬間的な激痛が走った。
「う・・・・・。」
あたしは頭を抑えながら起き上がる。同時に頭の中に声が流れ込んできた。男性のような強さと女性のような柔らかさを持った声が。
「お前は幸せになりたいか」
「何・・・?」
「お前は幸せになりたいか」
「なりたい。」
「では、魂の償いを行え。数多の魂を己に背負ったとき願いは叶う。」
声はそこで消える。と、上空から何かが降ってくる。高速で回転運動をしているそれは、私の目の前に落下した。いや、地面につく寸前にふわりとスピードを落としそれは舞い降りた。それは鎌。私の背丈ほどある大鎌。何かにひきつけられるように私は大鎌を手に取る。
「うわぁ・・・。」
思わず声が出るくらい鎌は軽かった。まるで羽が生えてるみたいに。
「鎌か。」
突然背後から声がして私は振り返る。そこには影があった。陰は徐々に人の形に変わっていき、私と同じくらいの年の男の人になった。闇のように黒い髪と、赤く染まった瞳がとても印象的だった。
「誰・・・?」
「ケイだ。お前は」
「私は・・・・。」・
「亜紀・・・!?」
どうしたのだろう。亜紀子、と言えない。誰かに口を塞がれている様な、切り取られたような。そんな感じ。私は自分の名前を言い切ることができない。
「名前が欠けているんだな。なら今からお前はアキだ。」
「うん。」
どうしてだろう、アキ、と言う名前が元から私の名前であるように響いてくる。
「行くぞ。」
ケイがそう言うと、白だった世界に亀裂が入って、黒の世界が現われた。
私はケイに手を引かれ、黒の世界へと向かう。それから、たくさんケイに教えられた。
私は既に死んでいた事。魂の存在だという事。生前罪を犯した魂は死んでから償いをしなければならない事。償いとは、転生のたび、輝きを失っていく魂を狩り、背負う事。全ての罪を償った者は一つだけ願いを叶えられ転生することができるという事。
全て聞き終わってから、いろいろなことが頭を巡る。
罪って何?私が一体何をしたの?ただ生きていたかっただけなのに。どうして?どうして誰も教えてくれないの?
私はケイに連れられ何処かの町に降りてきた。歩いていく人々が、日常を見せていた。ただ、彼等からケイやアキの姿は見えない。見えるのは特定の人。私が魂を狩る人。ケイは私に魂を狩るとはどういうことか、教えてくれるらしい。でも、私は不安だった。タマシイヲカルッテナニ?セオウッテナニ?ぐるぐると不安ばかりが渦巻いていく。
しばし、ケイに連れられるまま歩いていたけど、突然ケイが立ち止まった。
「ここだ。」
ドクン、と私の中のないはずの心臓が高まる。ついに来てしまった。そして、ケイが示す民家へと私は入っていく。中にいたのは一人の幼稚園か小学生くらい少女。その子は私を見て、にこっと笑い、
「こんにちはっ!」
と、言ってくる。ズキン。私のない心臓が痛む。それでも私は震える手で鎌を握る。そして、大きく、大きく振りかざす。その瞬間少女から笑みが消え、恐怖に変わる。
「ごめんね。」
私は無我夢中で鎌を振り下ろした。感触は無い。ただ鎌が床に刺さった感触だけが伝わる。外した・・・・?。おそるおそる私は顔を上げる。そこに少女の姿は無く、宙に浮いている丸い何かが一つあるだけ。それは魂。少女の魂。その光はどことなく弱弱しい。そして、手を、震える手を、少女の魂へと伸ばす。魂は吸い寄せられるように手の中へと消える。
「!?」
その瞬間、少女の記憶、人格、思い、気持ち、感情、大切なもの、全てが私の中に流れ込んでくる。包み隠さず、余すところなく。それら渦巻く魂の全てがアキを支配した。揺らぐ。体が、心が、揺れる。倒れてしまいそうになる。そして理解する。これが魂を狩る事。背負う事。その人の生きてきた証、その全てを、受け止め、背負う。アキはもう声にもならない嗚咽を漏らしながら泣く。顔を伏せ、零れ落ちる涙が頬を伝う。
「ごめんね、ごめんね。今度のお休みにお父さんとお母さんと遊園地行くはずだったんだね?楽しみにしてたのに・・・・ごめんね。」
初めて両親と行くはずだった遊園地。楽しみにしていた乗り物。両親との楽しい、楽しい、最高の時間。訪れるはずだった幸せ。それを私は奪った。奪ってしまった。もう、この子の両親は娘がいたことなど覚えていない。普通の家庭の、ほんの僅かな幸せ、でも、かけがえの無いモノ。もう存在しないモノ。私が奪った。あの子を。溢れる涙、木霊する泣き声、それだけがこの空間を包んでいた。
ケイは魂を初めて狩った時恐怖した。自分が全てを奪ったのだから。それでもケイは数多の魂を狩り己の魂に背負ってきた。生まれ変わるために。覚悟もした。でもどうだろう?目の前で泣き悲しむ一人の少女。一つの魂の全てを奪った事で泣き、悲しみ、苦しんでいる。その様子を見ていたら、急に胸が締め付けられる様に苦しくなった。この子はこんなに優しいのに。こんなにも苦しんでいるのに。何がこの子の罪なのか。なぜ苦しまなければならないのか。突如沸き起こる感情にケイは戸惑った。それでも、どうしようもなくアキの背中が小さく見えたことだけはっきりと分かった。少しでもこの子の辛さを減らしてあげたい。気休めでも構わない。俺にできることならどんな些細なことでもしよう。俺がアキを支えてやる。
魂がふわりふわりと宙を舞う。風に誘われどこまでもたゆとう。光が見えた。闇を知った。それでもただ流れに身を任せ、世界に抱かれる。世界は冷酷にただ、時を刻み続ける。
――第二章――「心」
私はケイに肩を支えられながら黒の世界に戻ってきた。まだ身体のいたるところが震えていて、流れる涙も止まらない。黒の世界は白の世界を色だけ反転したような世界。だからどこまでも真っ暗で、先も見えなくて、すぐ隣にケイがいるのに、なんだか自分だけこの世界に取り残されたような気になった。
私はうずくまる。そして今日あったことのすべてが頭の中でリプレイされる。それはあまりに衝撃的で、辛くて、悲しくて。心の中をえぐられたような痛みが胸の奥を痛めつける。
ケイは何も言わない。アキのために、何も言わない。ここで自分なりの覚悟を決めなければアキは前に進むことができない。それは自分自身で決めること。だから自分が何か言葉をかけてアキが覚悟したように思い込んでも、それは結果的にアキを苦しめることになる。それでも、ケイは一言だけ、真実を告げる。
「背負われた魂は・・・・俺やお前が転生したときに生まれ変わる。お前が前に進まなければあの子の魂はいつまでも救われない。」
ひどく突き放すような、でも、精一杯の言葉。無い覚悟は苦しみを生む。魂を狩らなくなった者は消滅してしまう。それが嫌で半強制的に魂を狩らされている奴を俺は星の数ほど見てきた。だから、せめて、この子だけは、自分の意思で。それがケイの想い。伝わらなくてもいい。俺を軽蔑してくれたって構わない。アキが救われるというなら、こんなろくでなしの俺でもアキを支えられるというのなら。もう、目の前で誰かが苦しむのは見たくない。
小鳥が囀る春の日和。いよいよ高校二年生の新学期が始まる。クラス替えで何人同じ奴と一緒になるだろうか。どれだけ新しい出会いがあるだろうか。それらに多少なりとも期待を抱きながら、啓介は学校へと向かう。家を出て少しすると後ろから誰かが息を切らしながら走ってくる。啓介にはそれが誰なのか簡単に分かった。今日から新学期だと言うのに、あと五分〜といってベッドから出てこなかった奴。啓介の双子の妹、綾。綾は啓介に追いつくと息も切れ切れに、
「もう〜なんで起こしてくれないかな〜啓ちゃんは〜。」
喋るごとに「〜」をつける癖がある綾は啓介に不満をぶつける。
「あと五分、て出てこないお前が悪いんだろうが。」
びしっと、的確に痛いところをつく。まさにその通りのため綾はうっ、と口ごもるしかなかった。
「それより、いい加減その「啓ちゃん」て呼び方やめてくれないか。正直恥ずいんだが。」
「え〜、啓ちゃんだめ〜?」
「正直きつい。」
「じゃ〜啓介君!」
「微妙な距離がある呼び方だな、それ。」
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜じゃあ。」
はっ、と、思いついたような表情を見せ、綾が口を開く。
「お兄ちゃん!」
「・・・・・啓ちゃんでいいです。」
そんないつもの朝を感じながら教室に入る。クラス発表は始業式の後に行われるためひとまず今までどおりのクラスに入ることになる。あちらこちらで、同じクラスになれるといいねー、とか、お前とは別のクラスがいい、など様々な声が飛び交う。啓介が願うべきは一つ。綾とは違うクラスになりますように、だ。親類縁者は分けるようにする学校が多いがなぜか小学校の頃から啓介と綾は同じクラスだった。教育委員会は何をしているんだ、と思わずぼやきたくなる啓介。そんなことばかり考えているうちに始業式が始まる。退屈な校長の話や校長の話や校長の話・・・・とにかく校長の話が長かった。喋りたいだけ喋り、校長の話が終わる。七割の生徒に新学期に相応しくない疲労感が見てとれる。
そして、始業式が終わり、運命のクラス発表。張り出されたクラス表を見ようと我先にと人が押し寄せ、啓介は遥か後ろに立ち尽くすばかり。クラス表を見て、不安げな表情を浮かべる者、無反応の者、友人と喜び合う者、励ましあう者。それらの人々が次第に教室へ流れていき、啓介はようやくクラス表の前までたどり着くことができた。
そして、戦慄。啓介、十一年連続で綾と同じクラス。誰だ、こんなたくらみを行っているのは。と、途方も無い負の思念を発しながらも他のクラスメイトに期待をはせる。その期待も裏切られた。腐れ縁の悪友と相変わらず同じクラスになり、見知った連中はほとんどそのままで、申し訳程度に知らない奴らがちらほら。ああ、俺ってついてない。そんな思いに浸りながらぼーっとホームルームの時間を過ごし、気がつくと放課後。
もう当たり前のように綾がやってきて、
「敬ちゃん、帰ろ〜。」
と、一言。その声について帰宅の徒につく啓介。
大通りを歩き、信号の前で待つ。時差式の信号機が点滅し、歩行者信号が青になる。綾と啓介はいつもどおり話をしながらいつもどおり横断歩道を渡っていた。いつものように。
綾は何が起きたのか良く分からなかった。啓介はいち早く気付き、反応した。トラックが突っ込んできたのだ。綾と啓介の前に。啓介は綾を突き飛ばした。勢いで綾は歩道にまで押され他の歩行者に支えられた。身体に怪我は無かった。だが、心に大きな傷を負った。見てしまった。生まれてから常にそばにいた存在、自分の半身、誰よりも大切な兄が、宙を舞い、嫌な角度で、嫌な音を立てながらアスファルトに叩きつけられるのを。
「啓ちゃん!」
綾が駆け寄る。啓介が薄れ行く意識の中で最後に見たのは最も身近で、最も放っておけない存在で、最も大切な人が、涙を流しながら、自分を呼ぶ姿だった。なんだよ、泣くなって。でもお前が怪我しなくて良かったよ。ああ、すごく眠い・・・。
そして、啓介はそこで「途切れ」た。
そして、目覚めた白の世界。声が聞こえ、その問いに肯定する。空から降ってきたのは二丁の拳銃。そして、どこからか表れた影に名前を問われ、
「啓・・・!?」
としかいえなかった。影は、名前が欠けているからだと答えた。そして、
「今からお前の名前はケイだ。」
といった。それから様々な事を教えられ、次第にその影に、いや、彼に尊敬を抱くようになった。でも、それから暫くして彼は消えた。ある日突然ケイの前から姿を消した。消滅したのか、転生したのか。結局分からないまま、ケイは一人になった。孤独な日々を過ごした。それでもまた、綾と過ごす日々を夢見て、魂を狩り続けた。ある日、声が聞こえた。声に導かれるまま訪れた白の世界。そこにいたのは大きな鎌を持った一人の少女。ケイはあの日の彼がそうしたように、アキを導いた。
どれ位泣いていたのだろう、気がつくと、アキは泣き疲れて眠ってしまっていた。その寝顔が綾にとてもよく似ていた。俺は孤独を知った。だから、この子を孤独にはさせない。せめて俺だけはアキの傍にいてやろう。だから、綾、もう少し待っていてくれててもいいよな。
失くした物、もう取り戻せない。だから、失くさないように小さな手で精一杯掴む。失くしたくなかった。でも失くした。小さな手には大きすぎて零れ落ちてしまった。それでも、懸命に手を広げる。だってほら、こんな小さな手でもつかめるものがあるんだから。零れ落ちたもの、救われたもの、全て世界に隠され覆われ在り続ける。悲しみも喜びも全てを乗せ、世界は廻る。
――最終章「大切なもの」――
アキは優しかった。そして、運命から逃げなかった。彼女は真っ直ぐ魂と向き合って、その魂のために涙を流した。どれだけ傷ついたろう?どれだけ辛かったろう?そして俺はどれだけアキの支えになれたのだろう?幾百幾千の魂をアキとともに狩り背負う日々が続いた。気付けば二人が出会ってからもう一年が経とうとしていた。ケイは自分がアキの支えになれているかどこか不安だった。しかし、実際にはケイも、アキも、いつしか互いを意識し、崩れそうな魂を支えあっていた。もう、ケイにはアキが。アキにはケイが、なくてはならない存在になっていた。恋とは違うかもしれない。恋なのかもしれない。それでも、いつか、この関係も終わりが来る。その日まで、そう。今だけはこのままでいたい。
その日狩った魂は十四歳の少年。最後の表情が色濃く脳裏に焼きつく。完全な無表情。それは恐ろしくも、哀しい、そんな表情だった。アキは大粒の涙を流しながら、ケイと共に白の世界に戻る。
そんな時。久しく聞かなかった声が、二人の頭に響く。
「お前たちは、罪の償いに値する魂を狩った。」
突然の声に、二人は驚きを隠せない。ついにこの辛くて哀しい世界に終わりが来る。しかし、それは早計だった。
「よって、お前たちに最後の試練を与えよう。」
「試練・・・・だって?」
「第一の試練はケイ。お前だ。お前には・・・・・・・」
そこまでしかアキには聞こえなかった。恐らくケイにだけ聞こえたんだろう。
「そんな・・・・ばかなっ!」
ビクッと驚くアキ。これほどまで感情が揺らいだケイを見たことはなかった。だから、とても嫌な予感がする。
「・・・・ケ、ケイ?」
「ふざけんなよ・・・・なんで!なんで!」
その場にうずくまったケイ。今にも崩れそうなその背中を、いつも自分を支えてくれる肩を支える。なぜだかいつもよりずっと小さく見えた。少ししてようやくケイが声を絞り出した。
「最後に狩るのは・・・・・・綾の魂だ・・・・」
「っ!?」
声にならない。ケイが語ってくれた自分が魂を狩る目的。死に別れてしまった双子の妹の綾を、今度こそ幸せにしてやりたいと。その、綾の魂を狩れ?なんで、どうして、そんなことをしなければいけないの?
声は全く感情の篭らない冷え切った声で言う。
「アキ、お前の試練は、お前の父と母の魂を狩ることだ。」
心を揺さぶる衝撃的な言葉。一段と、涙が流れる。胸が苦しい。心臓を直接抉り取られたような痛みが襲う。口から出るのは言葉ではなく、泣き叫ぶ嗚咽。
そんな!そんな!どうして。なんで。私の大切な人を狩らなければいけないの?私の罪は何?これほど哀しい罪なの?ケイの方を見やる。ケイはうずくまり、何か呟いている。どれだけ心の中で叫んでも声は答えない。ただただ時間だけが過ぎていく。
どれだけ時間が経ったのだろう。ようやくケイが声を発した。
「アキ・・・・俺は綾のところへいく。・・・・・ついてきてくれるか?」
かすかに震えた声。アキは、
「行くよ。どこまでだって。だから私のときも傍にいて・・・・。」
一筋涙が頬を伝う。お互いがお互いを、最後に支えあう。一人ぼっちだったら絶対に心が折れてしまっていただろう。でも、私にはケイが、ケイには私がいる。だから、支え合って歩み出す。
向かう先は、とある精神病院の一室。
綾はあの日事故で最も大切な自分の半身を目の前で失った。最後に見た兄の無残な姿。死に行く瞬間を目の当たりにしてしまった事。それらが綾の心を粉々に砕いてしまった。
明るくて活発で誰からも好かれていた綾は、まるで別人のようになった。眼は虚ろで、表情は無くなり、ふさぎこむようになり、毎晩兄の写真を見て泣き続けた。そして、精神病院に入ることになった。
啓ちゃん、どうして死んでしまったの?何で私を一人ぼっちにするの?逢いたい。でも逢えない。そうだ、啓ちゃんのところへ行けばいいんだ。と、自殺を考えたそのとき。頭の中に声が聞こえた。そして自分以外誰もいないはずの病室。ドアがあいたはずも無いのに二人の人がいた。驚いて綾は顔を上げる。ぼやけてよく見えない。が、次第に鮮明になってくる二人の人影。一人は自分と同じか少し年下ぐらいの女の子。制服に黒い布のようなものを羽織っている。背には大きな鎌。もう一人は・・・・・見覚えのある顔。決して忘れた瞬間など無い。紛れも無い兄の姿。
「綾・・・・」
虚ろだった眼に光が宿る。とめどない涙が溢れ零れ落ちてゆく。
きてくれたんだ・・・・嬉しい、嬉しい。
「啓ちゃん!」
綾は飛び起きケイに抱きつく。失ったものを取り戻すように。ケイも綾の身体を抱きしめる。存在を確かめるように。砕けた心を埋めるかのように。暫くの間ケイと綾はそうしていた。
「綾。」
少しの後ケイは綾をよび、身体を離す。綾は兄を見上げる。アキは涙が流れてくるのを止められなかった。今からケイは最も大切な人を、最も大切だからこそ狩る。ケイは綾の腹部に二丁拳銃の一丁を突きつける。
「綾・・・ごめんな。お前を一人にしちまった。」
綾は少し驚いたような顔を見せたけれど、すぐに笑顔になった。あの日見せたときと同じ眩しい笑顔。
その笑顔に決意が揺らぐ。
「っ!」
ケイが顔を伏せる。すると綾が言う。
「私ね、さっき声が聞こえたの。啓ちゃんとまた、ずっと一緒にいれるって。だから、私すごく幸せなの。これでよかったの。だから泣かないでね。ありがとう啓ちゃん。私はとても幸せです。」
笑顔で言った綾はケイの拳銃の引き金を自ら引いた。驚いてケイが叫ぶ。
「綾!!!!」
弾丸が貫いた腹部から少しずつ綾は砂になって世界から欠けていく。なのに、笑っている。本当に幸せそうな満面の笑み。
「最後に逢えて本当に良かった。ありがとう。今度はちゃんと起こしてね。お兄ちゃん。」
そう言って、綾は消えた。魂だけが残る。そして魂の方からケイに入ってゆく。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「綾・・・綾・・・・綾あああああああああああああああああああっ・・・・」
生まれてからの記憶が、想いが、共に過ごしてきた日々の思い出がケイに流れる。ケイは泣いていた。初めて見せるその泣き顔はとても、哀しくて、切なくて、苦しかった。私にはケイを慰めてあげることはできない。だから、想いっきり彼を抱きしめた。私も泣いている。辛いよねケイ。本当はあのままずっといたかったんだよね。でも私のために決心してくれたんだよね。涙が止まらない。嬉しくて、哀しくて、もう止まらなかった。ケイも声を上げて泣いた。誰にも聴こえない私たちの声はいつまでも続いた。
「ありがとう綾。」
病室を去るときケイはそういった。互いの手を取り再び歩み出す。向かうのはアキの両親の暮らす家。
両親はアキの死後、復縁し一つ屋根の下で暮らしていた。父親は娘を殺してしまったと警察に自首した。が、どういうわけか亜紀子の自殺、ということで片付けられてしまい、罪の意識に苛まれ続けていた。その影響か、ふっくらとしていた頬はこけ落ち、白髪が増え、しわも増え、一気に歳をとったようになってしまった。母もあの日から一気に老け込んでいた。形は違えど、最も愛していた娘がいない。太陽の無くなった夫婦は魂が死んだように細々と生きていた。
そんな両親を見て涙が出るのを止める事はできなかった。
「お、とうさん・・・・・おか、あさん・・・・。」
その声にハッとなったように両親が振り返る。そして、信じられないといった表情を見せ、その後すぐに駆け寄る。
「「亜紀子!!」」
アキはすっかり小さくなってしまった父と母にそれでも精一杯抱きしめられた。だからアキも精一杯父と母を抱きしめた。どれだけ、嬉しかっただろう。どれだけ、辛いんだろう。それでも私はやらなければいけない。
「お父さん、お母さん、聞いて欲しいことがあるの。」
そして、語りだす。自分が死んでから今日までのことを。罪のこと、償いのこと。辛かった事、哀しかった事。そして、自分を支えてくれた、ケイの事を。最後に、試練のことを。隠さず、偽らず、全て。
「最低だよね。自分の罪のためにたくさんの人の魂を奪って。お父さんとお母さんの魂も狩ろうなんて。親不孝もいいとこだよね・・・。」
辛くて、苦しくて、心が痛い。ケイが手を握ってくれていなかったら、心が死んでいただろう。顔も上げられない。両親の顔を窺うこともできない。怒っているだろうか。悲しんでいるだろうか。呆れているだろうか。聞き終わった父が、母が、どちらとも言わずに話し出す。
「亜紀子、幼稚園のときに三人で海に行ったことを覚えているか。」
「え・・・うん。」
忘れるわけが無い。死んでから最初に夢で見たぐらいだから。でも、どうしてそんなことを聞くんだろう。
「亜紀子、最初怖がってて波が来ては逃げてまた近寄ってを繰り返していたんだ。母さんに連れられて一緒に入ってからはもう楽しそうで、見ているだけで楽しかったんだ。」
「うん。」
どうしてだろう。視界がゆがんでよく見えない。
「遊び疲れて眠っちゃって。家に帰ったらまだ遊びたいって駄々こねて大変だったわ。」
「うん・・・・。」
つぅ、と一筋の涙が零れ落ちる。
「夜中まで、喚いて喚いて。今度は遊園地に行くって約束してやっと寝たんだよ。」
「うん・・・・うん・・・・。」
また一粒、また一粒と、こぼれる涙。溢れて溢れて、止まらない。ぎゅっとケイの手を握る。ケイもしっかり握り返してくれる。
「あの頃が一番幸せだった。亜紀子がいてくれたから私たちはとても幸せだった。」
「あなたがこの世に生まれてきてくれただけですごく幸せだったのよ。」
「うっ・・・ヒック・・・・。」
涙が止まることはない。しゃくりあげながらただ、泣き続ける。
やっとわかった。私の罪は気付かなかった事なんだ。こんなにもお父さんとお母さんに愛されて、幸せだったのに。自分は不幸なんだって思い込んで。世界に悲観して死んでしまうなんて。いつだって、私のことを見てくれていたのに。いつだって私の心配をしてくれていたのに。いつだって私のこと大切に思ってくれていたのに。
私はとても幸せだったのに。気付かなかった。当たり前だと思って生きてた。でも違ってたんだよね。
「啓君。」
「はい。」
「言えた義理じゃないが、私たちの大切な娘を、亜紀子を頼んだよ。」
「お願いね。」
「はい。」
そういって父と母は娘と向き合う。
「私たちはお前が幸せになってくれるならそれ以上の幸せは無い。だから、幸せになっておくれ。」
「ひどい母親と思われているかもしれないけれど、あなたの幸せを願っているわ。」
「お父さん・・・お母さん・・・。」
両親は笑顔で、とても幸せそうな笑顔で、最後にこう言った。
「私たちの元に生まれてきてくれてありがとう。私たちに幸せを与えてくれてありがとう。私たちは心から亜紀子のことを愛しています。」
「・・・・・・ありがとう。お父さん。お母さん。私のお父さんとお母さんでいてくれてありがとう。私はとても幸せでした。」
一閃。眼を背けることなく。両親に心からの笑顔を向ける。一筋こぼれた涙が伝い落ちる。世界から欠けて消滅するまで、父も、母も、娘も、笑っていた。
魂を背負う。もうアキは泣かなかった。父と母の自分への愛が伝わったから。私はとても幸せだから。大切な人の手を取って歩き出す。白の世界。もう、願うことは決まっている。
声が聞こえた。
「お前たちは試練を突破した。転生を迎えることができよう。そして、一つずつ願いをかなえてやろう。お前たちの願いはなんだ。」
ぎゅっと、手を握る。握り返す。伝わる思い。通じ合う気持ち。これが答え。私の心。全て。
「私は・・・・」
「俺は・・・・」
光に包まれてゆく。どこか暖かくて優しいぬくもり。しっかりと感じる大切な人の温度。おやすみなさい。幸せな朝が始まりますように。眼を閉じた。このぬくもりだけは、忘れないようにと、心に誓いながら。
――エピローグ――
「亜紀!起きなさい!遅刻するわよ!?」
うう、眠い。でもお母さんの声は私が起きるまでやまないだろうな、と思いつつ観念してベッドから起き上がりリビングへ向かう。
「亜紀、おはよう。」
「お父さんおはよー。」
父が新聞を開きながら、笑顔を見せてくれる。キッチンでは母親が朝食を準備している。
「今日から高校生なんだから!いつまでもだらけてないでしゃきっとしなさい。」
そう。私は今日から高校生なのだ。もちろん吹奏楽部に入るつもりでいる。
「いただきまぁーす。」
まだ半分寝ているけど、ご飯は食べる。トーストをかじっていると、玄関のチャイムが鳴る。
「ほら、もう二人とも来ちゃったじゃない!」
私は慌てて鞄を引っつかむ。
「行ってきます!」
「いってらっしゃい。気をつけてね。」
玄関を開けると、やっぱり二人がいた。お隣に住んでいる幼馴染で今日から同じ高校に通う。啓介と綾は双子。三人揃って同じ高校に受かれて本当に良かったと思ってる。
「おせぇぞ亜紀。いきなり遅刻なんて俺勘弁だからな。」
「遅刻なんてしないわよ!」
きっぱりと言い返すが、
「ほら、亜紀ちゃんも啓ちゃんも夫婦喧嘩してないで行くよ〜?」
やっぱり綾に一枚取られる。
「「誰が夫婦だ(よ)!」」
土壷にはまってしまう。ニヤニヤしながら、綾は、
「馬鹿であほな兄ですがよろしくね〜?お義姉ちゃん?」
「なっ・・・・」
完全に真っ赤になる亜紀。啓介も顔を赤くしてそっぽを向いている。
「ほらぁ〜行くよ〜?おいてっちゃうよ〜?し・ん・こ・んさ〜ん?」
もう、と思う。でもクスッと笑ってしまう。啓介は本当に特別でケンカもするけど、なんだかんだで頼りになる。私は、啓介の事が好き。でもどうしてだろう。この気持ちに気付いたのは、中学になってからなのに。一緒に遊ぶようになったのは幼稚園に入ってからなのに。ずっと前、そうまるで生まれてくる前からずっと一緒だったような気がする。変なの。
分からないけど、そんな感じ。でも一つ私にもはっきりと分かっていることがある。お父さんがいて、お母さんがいて、綾ちゃんがいて、そして啓介がいる。これは当たり前なんかじゃなくてユメみたいなキセキ。怒るときもあるし、悲しむときもあるし、辛い時だってある。でも、全部、全部、とても大切な私の宝物。
だから私は彼の手を握る。啓介も手を握り返してくれた。どこかで感じたことのある、暖かくて優しいぬくもりが伝わってくる。
このぬくもりだけは絶対に忘れない。いつまでも手を取って歩いていこう。啓介と一緒ならどこへだって行けるんだから。
ねぇ、神様、聞こえますか?私の声が届いていますか?これだけは胸を張って言えます。
――私は今とっても幸せです――
Soul Reparation 「完」
閑静な住宅街でザワザワと街路樹が風に揺られる音が聞こえる。時刻は深夜二時。少年は自分の部屋から金属バットを取り出す。あらかじめ数日前に仕込んでいたものだ。大丈夫。できる。僕はやれる。そう自分に言い聞かせ少年はそっと自分の部屋のドアを閉め、足音を立てないように慎重に二階の廊下を進む。息を殺しながらゆっくり一段、また一段と階段を降りる。そして、一階に降りたころには少年は冷や汗をどっとかいていた。あせるな。そう考え少年は父が眠る和室へと向かう。
父を撲殺するために。
廊下を慎重に進み、もう少しで和室、というところで後ろのほうから気配を感じ、少年は振り向き息を呑む。そこには大鎌を持った一人の少女の姿があった。黒い布のようなものを纏い、漆黒に染まったような髪をなびかせ、少女は言う。
「ごめんなさい。」
ひどく悲しい声だった。少女は暗闇でもはっきりと分かる鳶色の目から大粒の涙を流し、泣いていた。刹那、少女は大鎌を振り下ろす。少年は反応すら出来ず大鎌に切り裂かれた。そして少年は灰になって散った。後に残されたのは少年の魂と一人の少女だけ。少女は少年の魂に手をかざした。魂はまるで吸い寄せられるかのようにその手の中に消えた。少女からは、うっ、という嗚咽が漏れる。少女は肩を振るわせ泣いた。少年の記憶が、荒んでいった心が、追い詰められていくつらさが、くすんだ魂の嘆きが、少女へと伝わっていく。
「ごめんなさい・・・。」
少女は謝った。何に謝ったかは分からない。でも少女は謝った。
不意に背後に影が一つ現われる。
「大丈夫か?アキ。」
アキと呼ばれた少女は泣きながらうなずく。
「帰ろう。」
そう影が言う。
「うん。帰ろう、ケイ。」
少女は涙をこぼしながらとぼとぼと影の元まで歩く。
ケイと呼ばれた影は、すぅっと一人の少年へと変わる。いや、戻る。
ケイは泣いているアキの肩を支えてやる。そして思う。つらいよなアキ。苦しいよな。だってお前は優しすぎる。アキ、お前の涙は俺が背負ってやる。
「掴まってろ。」
少女はうなずく。そしてケイは飛ぶ。優しすぎる少女を抱きかかえながら。そして、チラと振り返る。遥か彼方に先ほどの少年が住んでいた家が見える。だがもう少年はいない。肉体が消滅し、魂も奪われたのだから。少年は世界から欠落した。もう翌朝少年の周りの人々に彼を覚えている人はいないだろう。学校の机も、部屋にあったものも、生きた証全てを。彼は元々いなかったことになった。それがまた、少女の心を締め付けていた。
あとどれほど繰り返せばアキは救われる?あとどれだけ涙を流せば開放される?あとどれだけアキの心に傷をつければ済む?ケイは自分の無力さが許せなかった。アキは泣いているのに。苦しんでいるのに。そばにいてやるしか出来ない自分がたまらなく許せなかった。
世界は巡る。人々の笑顔、悲しみ、それらを抱え時は流れる。無限のような魂の連鎖は終わることはない。
――第一章―― 「罪」
「亜紀子、起きなさい。学校に遅刻するよ。」
その一言で私は目が覚めた。ああ、もう朝か。昨日は遊び過ぎちゃったかな。眠い・・・。半分寝たまま制服に着替える。眠気で重くなったまぶたをこすりながら私は部屋を出てリビングへと向かう。キッチンでは朝食を用意しているお父さんの姿があった。お母さんはいない。七年前、浮気相手の男のもとへ、行った。まだ九歳だった私と、優しい父を残して。それ以来幼い私をお父さんは男で一つでここまで育ててくれた。本当にお父さんは優しくて、私は寂しくなんかなかった。
ただ、あの日以来お父さんはお酒を飲むたびに我を忘れて私に、母を、いや、あの女を重ね、拳を振り上げるようになった。それでも酔いがさめると、元のお父さんで。泣いて謝って。またお酒を飲んでは殴って。それの繰り返し。
ここ一年程父は全くお酒を飲んでいない。だから、私の傷は少しづつ癒えてきてて。大好きなお父さんと、楽しい日々を過ごしていた。
「おはよう、亜紀子。」
「おはよー、おとーさん。」
ああ、やっぱり眠い。今日は早めに寝ようかな。そんないつもの日常。いつもの朝。
「今日は部活何時ぐらいまであるんだ?」
「んー、コンクール近いから遅くなりそう。」
私は、市内の高校に通う高校一年生。所属部は吹奏楽部。お父さんの勧めで何となく始め、そのうち音楽が好きになって。中学校からの吹奏楽部。来週の初めにはコンクールがあって、今はそれに向けて必死に練習を重ねているところ。
「なら、帰る時は気をつけなさい。迎えにいっても構わないし。」
「わかってる。大丈夫、ちゃんと帰るよ。じゃあいってきまーす!」
私は鞄を引っつかんで玄関へと向かう。
「いってらっしゃい!気をつけていくんだぞー!」
「わかってるって!いってきます!」
もう。私だっていつまでも子供じゃないんだから。心の中ではムスッと口を尖らせてみるけど、きっと、いや絶対私は笑っているんだろうな。いつもの日常。いつもの日々。これからもずっと続くと信じていたささやかな幸せの時間。でも、突然終わりはやってくる。
部活も終わり家に帰る。あれ?家の前に車が止まってる・・・。誰だろう?お客さんかな。そう思いながら玄関の前まで行くと、家の中から口論する声が聞こえた。
「亜紀子は絶対にお前には渡さん!」
めったに聞かない父の怒鳴り声。
「いいえ!あの子は私が引き取って育てます!」
心のどこかで忘れていた、忘れようとしていた、けど忘れられない声。小さい頃聞き育ったあの女の声。どうやら、突然訪れてきて私を連れて行こうとしているらしい。でも私はあんな女には付いて行かない。私とお父さんを捨てていった奴のところなんかに行く気は全くない。何で今さら!と私の中に怒りの感情が込みあがってくる。そして玄関を開けた刹那、あの女が出てきた。
「亜紀子!」
やめて。私を、お父さんを捨てていったくせに、気安く呼ばないで。
「来なさい!」
私は無理やり腕を引っ張られた。力ずくでも私を連れて行きたいらしい。
「亜紀子を放せ!」
そういったお父さんが、眼を血走らせ、包丁を持って玄関まで出てきた。そして、女めがけて包丁を―――
瞬間の出来事。私は、大嫌いなはずの母を、自分を捨て、父を捨てた女をかばっていた。
「う・・・。」
お腹の辺りに刺さった包丁。私の手は、服は、もう血だらけだった。
「あ、亜紀子!!どうして!」
「亜紀子!?」
父が、母が、叫ぶ。どうしてだろう?こんなに血が出ているのに。全然痛くない。体中が熱くて、意識がボーっとする。ああ、お父さん泣かないで。お母さん、泣かないで。私まで泣きたくなっちゃうよ。お願い。泣かないで。意識が薄れる。体中が氷の様に寒い。私は普通に過ごしたかったのに。平凡にただ毎日を過ごしたかったのに。どうして?どうして叶わないの?どうして、お父さんが泣かなきゃいけないの?どうして、お母さんも泣かなきゃいけないの?どうして私は幸せになっちゃいけないの?ねぇ、なんで?そして、私はそこで「途切れ」た。
すぅっと、視界が鮮明になる。目に入ってきたのは白。ここ・・・・どこ?病院?視界も意識もぼやけたまま。
「私生きてたの・・・・?」
ぼやけていた視界が、意識がだんだんと明瞭になってくる。そして気付く。ここは病院なんかじゃない。私がいるのはただ何処までも遥か彼方まで天の果てまでただただ白一色の世界。他には私以外の色は全く無い。そのせいで無限の虚空に漂っているような浮遊感と、今いる場所がひどくせまいような閉塞感の相反する奇妙な感覚を受ける。
「ここ、どこなの?誰かいないの?」
問いかけてみてもただ声が響くだけで何も起こらない。私は立ち上がって歩き出す。何処まで歩いても白。自分がまっすぐ歩いているのか滅茶苦茶に歩いているのか、かなり歩いたのか、全然歩いていないのか、全く分からない。あるのはただ白。ふと、頬を何かが流れる感触に気付く。それは液体。透明な液体。それは私の眼から流れていた。私は泣いていた。
「お父さん・・・・どこ?」
返事は無い。
「お母さん・・・」
しかし世界は答えない。
そっか、私死んじゃったんだ。私はその場にへたり込んだ。涙が、感情が、堰を切って流れ出す。もう声にもならない嗚咽を漏らしながら私は泣いた。
どれだけ時間が経ったのだろう。私は眠りに付いていた。そして夢を見ていた。懐かしい、まだ幸せに溢れていた頃。私はお父さんとお母さんと一緒に海に来ていた。確か六歳ぐらいのとき。私は初めて来た海に興奮してて、一日中遊んで遊んで。お父さんとお母さんと一緒に手をつないで。遊び疲れて眠っちゃって。もう戻ることの無い日々。私は眼を覚ます。と、頭に電流が流れたような瞬間的な激痛が走った。
「う・・・・・。」
あたしは頭を抑えながら起き上がる。同時に頭の中に声が流れ込んできた。男性のような強さと女性のような柔らかさを持った声が。
「お前は幸せになりたいか」
「何・・・?」
「お前は幸せになりたいか」
「なりたい。」
「では、魂の償いを行え。数多の魂を己に背負ったとき願いは叶う。」
声はそこで消える。と、上空から何かが降ってくる。高速で回転運動をしているそれは、私の目の前に落下した。いや、地面につく寸前にふわりとスピードを落としそれは舞い降りた。それは鎌。私の背丈ほどある大鎌。何かにひきつけられるように私は大鎌を手に取る。
「うわぁ・・・。」
思わず声が出るくらい鎌は軽かった。まるで羽が生えてるみたいに。
「鎌か。」
突然背後から声がして私は振り返る。そこには影があった。陰は徐々に人の形に変わっていき、私と同じくらいの年の男の人になった。闇のように黒い髪と、赤く染まった瞳がとても印象的だった。
「誰・・・?」
「ケイだ。お前は」
「私は・・・・。」・
「亜紀・・・!?」
どうしたのだろう。亜紀子、と言えない。誰かに口を塞がれている様な、切り取られたような。そんな感じ。私は自分の名前を言い切ることができない。
「名前が欠けているんだな。なら今からお前はアキだ。」
「うん。」
どうしてだろう、アキ、と言う名前が元から私の名前であるように響いてくる。
「行くぞ。」
ケイがそう言うと、白だった世界に亀裂が入って、黒の世界が現われた。
私はケイに手を引かれ、黒の世界へと向かう。それから、たくさんケイに教えられた。
私は既に死んでいた事。魂の存在だという事。生前罪を犯した魂は死んでから償いをしなければならない事。償いとは、転生のたび、輝きを失っていく魂を狩り、背負う事。全ての罪を償った者は一つだけ願いを叶えられ転生することができるという事。
全て聞き終わってから、いろいろなことが頭を巡る。
罪って何?私が一体何をしたの?ただ生きていたかっただけなのに。どうして?どうして誰も教えてくれないの?
私はケイに連れられ何処かの町に降りてきた。歩いていく人々が、日常を見せていた。ただ、彼等からケイやアキの姿は見えない。見えるのは特定の人。私が魂を狩る人。ケイは私に魂を狩るとはどういうことか、教えてくれるらしい。でも、私は不安だった。タマシイヲカルッテナニ?セオウッテナニ?ぐるぐると不安ばかりが渦巻いていく。
しばし、ケイに連れられるまま歩いていたけど、突然ケイが立ち止まった。
「ここだ。」
ドクン、と私の中のないはずの心臓が高まる。ついに来てしまった。そして、ケイが示す民家へと私は入っていく。中にいたのは一人の幼稚園か小学生くらい少女。その子は私を見て、にこっと笑い、
「こんにちはっ!」
と、言ってくる。ズキン。私のない心臓が痛む。それでも私は震える手で鎌を握る。そして、大きく、大きく振りかざす。その瞬間少女から笑みが消え、恐怖に変わる。
「ごめんね。」
私は無我夢中で鎌を振り下ろした。感触は無い。ただ鎌が床に刺さった感触だけが伝わる。外した・・・・?。おそるおそる私は顔を上げる。そこに少女の姿は無く、宙に浮いている丸い何かが一つあるだけ。それは魂。少女の魂。その光はどことなく弱弱しい。そして、手を、震える手を、少女の魂へと伸ばす。魂は吸い寄せられるように手の中へと消える。
「!?」
その瞬間、少女の記憶、人格、思い、気持ち、感情、大切なもの、全てが私の中に流れ込んでくる。包み隠さず、余すところなく。それら渦巻く魂の全てがアキを支配した。揺らぐ。体が、心が、揺れる。倒れてしまいそうになる。そして理解する。これが魂を狩る事。背負う事。その人の生きてきた証、その全てを、受け止め、背負う。アキはもう声にもならない嗚咽を漏らしながら泣く。顔を伏せ、零れ落ちる涙が頬を伝う。
「ごめんね、ごめんね。今度のお休みにお父さんとお母さんと遊園地行くはずだったんだね?楽しみにしてたのに・・・・ごめんね。」
初めて両親と行くはずだった遊園地。楽しみにしていた乗り物。両親との楽しい、楽しい、最高の時間。訪れるはずだった幸せ。それを私は奪った。奪ってしまった。もう、この子の両親は娘がいたことなど覚えていない。普通の家庭の、ほんの僅かな幸せ、でも、かけがえの無いモノ。もう存在しないモノ。私が奪った。あの子を。溢れる涙、木霊する泣き声、それだけがこの空間を包んでいた。
ケイは魂を初めて狩った時恐怖した。自分が全てを奪ったのだから。それでもケイは数多の魂を狩り己の魂に背負ってきた。生まれ変わるために。覚悟もした。でもどうだろう?目の前で泣き悲しむ一人の少女。一つの魂の全てを奪った事で泣き、悲しみ、苦しんでいる。その様子を見ていたら、急に胸が締め付けられる様に苦しくなった。この子はこんなに優しいのに。こんなにも苦しんでいるのに。何がこの子の罪なのか。なぜ苦しまなければならないのか。突如沸き起こる感情にケイは戸惑った。それでも、どうしようもなくアキの背中が小さく見えたことだけはっきりと分かった。少しでもこの子の辛さを減らしてあげたい。気休めでも構わない。俺にできることならどんな些細なことでもしよう。俺がアキを支えてやる。
魂がふわりふわりと宙を舞う。風に誘われどこまでもたゆとう。光が見えた。闇を知った。それでもただ流れに身を任せ、世界に抱かれる。世界は冷酷にただ、時を刻み続ける。
――第二章――「心」
私はケイに肩を支えられながら黒の世界に戻ってきた。まだ身体のいたるところが震えていて、流れる涙も止まらない。黒の世界は白の世界を色だけ反転したような世界。だからどこまでも真っ暗で、先も見えなくて、すぐ隣にケイがいるのに、なんだか自分だけこの世界に取り残されたような気になった。
私はうずくまる。そして今日あったことのすべてが頭の中でリプレイされる。それはあまりに衝撃的で、辛くて、悲しくて。心の中をえぐられたような痛みが胸の奥を痛めつける。
ケイは何も言わない。アキのために、何も言わない。ここで自分なりの覚悟を決めなければアキは前に進むことができない。それは自分自身で決めること。だから自分が何か言葉をかけてアキが覚悟したように思い込んでも、それは結果的にアキを苦しめることになる。それでも、ケイは一言だけ、真実を告げる。
「背負われた魂は・・・・俺やお前が転生したときに生まれ変わる。お前が前に進まなければあの子の魂はいつまでも救われない。」
ひどく突き放すような、でも、精一杯の言葉。無い覚悟は苦しみを生む。魂を狩らなくなった者は消滅してしまう。それが嫌で半強制的に魂を狩らされている奴を俺は星の数ほど見てきた。だから、せめて、この子だけは、自分の意思で。それがケイの想い。伝わらなくてもいい。俺を軽蔑してくれたって構わない。アキが救われるというなら、こんなろくでなしの俺でもアキを支えられるというのなら。もう、目の前で誰かが苦しむのは見たくない。
小鳥が囀る春の日和。いよいよ高校二年生の新学期が始まる。クラス替えで何人同じ奴と一緒になるだろうか。どれだけ新しい出会いがあるだろうか。それらに多少なりとも期待を抱きながら、啓介は学校へと向かう。家を出て少しすると後ろから誰かが息を切らしながら走ってくる。啓介にはそれが誰なのか簡単に分かった。今日から新学期だと言うのに、あと五分〜といってベッドから出てこなかった奴。啓介の双子の妹、綾。綾は啓介に追いつくと息も切れ切れに、
「もう〜なんで起こしてくれないかな〜啓ちゃんは〜。」
喋るごとに「〜」をつける癖がある綾は啓介に不満をぶつける。
「あと五分、て出てこないお前が悪いんだろうが。」
びしっと、的確に痛いところをつく。まさにその通りのため綾はうっ、と口ごもるしかなかった。
「それより、いい加減その「啓ちゃん」て呼び方やめてくれないか。正直恥ずいんだが。」
「え〜、啓ちゃんだめ〜?」
「正直きつい。」
「じゃ〜啓介君!」
「微妙な距離がある呼び方だな、それ。」
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜じゃあ。」
はっ、と、思いついたような表情を見せ、綾が口を開く。
「お兄ちゃん!」
「・・・・・啓ちゃんでいいです。」
そんないつもの朝を感じながら教室に入る。クラス発表は始業式の後に行われるためひとまず今までどおりのクラスに入ることになる。あちらこちらで、同じクラスになれるといいねー、とか、お前とは別のクラスがいい、など様々な声が飛び交う。啓介が願うべきは一つ。綾とは違うクラスになりますように、だ。親類縁者は分けるようにする学校が多いがなぜか小学校の頃から啓介と綾は同じクラスだった。教育委員会は何をしているんだ、と思わずぼやきたくなる啓介。そんなことばかり考えているうちに始業式が始まる。退屈な校長の話や校長の話や校長の話・・・・とにかく校長の話が長かった。喋りたいだけ喋り、校長の話が終わる。七割の生徒に新学期に相応しくない疲労感が見てとれる。
そして、始業式が終わり、運命のクラス発表。張り出されたクラス表を見ようと我先にと人が押し寄せ、啓介は遥か後ろに立ち尽くすばかり。クラス表を見て、不安げな表情を浮かべる者、無反応の者、友人と喜び合う者、励ましあう者。それらの人々が次第に教室へ流れていき、啓介はようやくクラス表の前までたどり着くことができた。
そして、戦慄。啓介、十一年連続で綾と同じクラス。誰だ、こんなたくらみを行っているのは。と、途方も無い負の思念を発しながらも他のクラスメイトに期待をはせる。その期待も裏切られた。腐れ縁の悪友と相変わらず同じクラスになり、見知った連中はほとんどそのままで、申し訳程度に知らない奴らがちらほら。ああ、俺ってついてない。そんな思いに浸りながらぼーっとホームルームの時間を過ごし、気がつくと放課後。
もう当たり前のように綾がやってきて、
「敬ちゃん、帰ろ〜。」
と、一言。その声について帰宅の徒につく啓介。
大通りを歩き、信号の前で待つ。時差式の信号機が点滅し、歩行者信号が青になる。綾と啓介はいつもどおり話をしながらいつもどおり横断歩道を渡っていた。いつものように。
綾は何が起きたのか良く分からなかった。啓介はいち早く気付き、反応した。トラックが突っ込んできたのだ。綾と啓介の前に。啓介は綾を突き飛ばした。勢いで綾は歩道にまで押され他の歩行者に支えられた。身体に怪我は無かった。だが、心に大きな傷を負った。見てしまった。生まれてから常にそばにいた存在、自分の半身、誰よりも大切な兄が、宙を舞い、嫌な角度で、嫌な音を立てながらアスファルトに叩きつけられるのを。
「啓ちゃん!」
綾が駆け寄る。啓介が薄れ行く意識の中で最後に見たのは最も身近で、最も放っておけない存在で、最も大切な人が、涙を流しながら、自分を呼ぶ姿だった。なんだよ、泣くなって。でもお前が怪我しなくて良かったよ。ああ、すごく眠い・・・。
そして、啓介はそこで「途切れ」た。
そして、目覚めた白の世界。声が聞こえ、その問いに肯定する。空から降ってきたのは二丁の拳銃。そして、どこからか表れた影に名前を問われ、
「啓・・・!?」
としかいえなかった。影は、名前が欠けているからだと答えた。そして、
「今からお前の名前はケイだ。」
といった。それから様々な事を教えられ、次第にその影に、いや、彼に尊敬を抱くようになった。でも、それから暫くして彼は消えた。ある日突然ケイの前から姿を消した。消滅したのか、転生したのか。結局分からないまま、ケイは一人になった。孤独な日々を過ごした。それでもまた、綾と過ごす日々を夢見て、魂を狩り続けた。ある日、声が聞こえた。声に導かれるまま訪れた白の世界。そこにいたのは大きな鎌を持った一人の少女。ケイはあの日の彼がそうしたように、アキを導いた。
どれ位泣いていたのだろう、気がつくと、アキは泣き疲れて眠ってしまっていた。その寝顔が綾にとてもよく似ていた。俺は孤独を知った。だから、この子を孤独にはさせない。せめて俺だけはアキの傍にいてやろう。だから、綾、もう少し待っていてくれててもいいよな。
失くした物、もう取り戻せない。だから、失くさないように小さな手で精一杯掴む。失くしたくなかった。でも失くした。小さな手には大きすぎて零れ落ちてしまった。それでも、懸命に手を広げる。だってほら、こんな小さな手でもつかめるものがあるんだから。零れ落ちたもの、救われたもの、全て世界に隠され覆われ在り続ける。悲しみも喜びも全てを乗せ、世界は廻る。
――最終章「大切なもの」――
アキは優しかった。そして、運命から逃げなかった。彼女は真っ直ぐ魂と向き合って、その魂のために涙を流した。どれだけ傷ついたろう?どれだけ辛かったろう?そして俺はどれだけアキの支えになれたのだろう?幾百幾千の魂をアキとともに狩り背負う日々が続いた。気付けば二人が出会ってからもう一年が経とうとしていた。ケイは自分がアキの支えになれているかどこか不安だった。しかし、実際にはケイも、アキも、いつしか互いを意識し、崩れそうな魂を支えあっていた。もう、ケイにはアキが。アキにはケイが、なくてはならない存在になっていた。恋とは違うかもしれない。恋なのかもしれない。それでも、いつか、この関係も終わりが来る。その日まで、そう。今だけはこのままでいたい。
その日狩った魂は十四歳の少年。最後の表情が色濃く脳裏に焼きつく。完全な無表情。それは恐ろしくも、哀しい、そんな表情だった。アキは大粒の涙を流しながら、ケイと共に白の世界に戻る。
そんな時。久しく聞かなかった声が、二人の頭に響く。
「お前たちは、罪の償いに値する魂を狩った。」
突然の声に、二人は驚きを隠せない。ついにこの辛くて哀しい世界に終わりが来る。しかし、それは早計だった。
「よって、お前たちに最後の試練を与えよう。」
「試練・・・・だって?」
「第一の試練はケイ。お前だ。お前には・・・・・・・」
そこまでしかアキには聞こえなかった。恐らくケイにだけ聞こえたんだろう。
「そんな・・・・ばかなっ!」
ビクッと驚くアキ。これほどまで感情が揺らいだケイを見たことはなかった。だから、とても嫌な予感がする。
「・・・・ケ、ケイ?」
「ふざけんなよ・・・・なんで!なんで!」
その場にうずくまったケイ。今にも崩れそうなその背中を、いつも自分を支えてくれる肩を支える。なぜだかいつもよりずっと小さく見えた。少ししてようやくケイが声を絞り出した。
「最後に狩るのは・・・・・・綾の魂だ・・・・」
「っ!?」
声にならない。ケイが語ってくれた自分が魂を狩る目的。死に別れてしまった双子の妹の綾を、今度こそ幸せにしてやりたいと。その、綾の魂を狩れ?なんで、どうして、そんなことをしなければいけないの?
声は全く感情の篭らない冷え切った声で言う。
「アキ、お前の試練は、お前の父と母の魂を狩ることだ。」
心を揺さぶる衝撃的な言葉。一段と、涙が流れる。胸が苦しい。心臓を直接抉り取られたような痛みが襲う。口から出るのは言葉ではなく、泣き叫ぶ嗚咽。
そんな!そんな!どうして。なんで。私の大切な人を狩らなければいけないの?私の罪は何?これほど哀しい罪なの?ケイの方を見やる。ケイはうずくまり、何か呟いている。どれだけ心の中で叫んでも声は答えない。ただただ時間だけが過ぎていく。
どれだけ時間が経ったのだろう。ようやくケイが声を発した。
「アキ・・・・俺は綾のところへいく。・・・・・ついてきてくれるか?」
かすかに震えた声。アキは、
「行くよ。どこまでだって。だから私のときも傍にいて・・・・。」
一筋涙が頬を伝う。お互いがお互いを、最後に支えあう。一人ぼっちだったら絶対に心が折れてしまっていただろう。でも、私にはケイが、ケイには私がいる。だから、支え合って歩み出す。
向かう先は、とある精神病院の一室。
綾はあの日事故で最も大切な自分の半身を目の前で失った。最後に見た兄の無残な姿。死に行く瞬間を目の当たりにしてしまった事。それらが綾の心を粉々に砕いてしまった。
明るくて活発で誰からも好かれていた綾は、まるで別人のようになった。眼は虚ろで、表情は無くなり、ふさぎこむようになり、毎晩兄の写真を見て泣き続けた。そして、精神病院に入ることになった。
啓ちゃん、どうして死んでしまったの?何で私を一人ぼっちにするの?逢いたい。でも逢えない。そうだ、啓ちゃんのところへ行けばいいんだ。と、自殺を考えたそのとき。頭の中に声が聞こえた。そして自分以外誰もいないはずの病室。ドアがあいたはずも無いのに二人の人がいた。驚いて綾は顔を上げる。ぼやけてよく見えない。が、次第に鮮明になってくる二人の人影。一人は自分と同じか少し年下ぐらいの女の子。制服に黒い布のようなものを羽織っている。背には大きな鎌。もう一人は・・・・・見覚えのある顔。決して忘れた瞬間など無い。紛れも無い兄の姿。
「綾・・・・」
虚ろだった眼に光が宿る。とめどない涙が溢れ零れ落ちてゆく。
きてくれたんだ・・・・嬉しい、嬉しい。
「啓ちゃん!」
綾は飛び起きケイに抱きつく。失ったものを取り戻すように。ケイも綾の身体を抱きしめる。存在を確かめるように。砕けた心を埋めるかのように。暫くの間ケイと綾はそうしていた。
「綾。」
少しの後ケイは綾をよび、身体を離す。綾は兄を見上げる。アキは涙が流れてくるのを止められなかった。今からケイは最も大切な人を、最も大切だからこそ狩る。ケイは綾の腹部に二丁拳銃の一丁を突きつける。
「綾・・・ごめんな。お前を一人にしちまった。」
綾は少し驚いたような顔を見せたけれど、すぐに笑顔になった。あの日見せたときと同じ眩しい笑顔。
その笑顔に決意が揺らぐ。
「っ!」
ケイが顔を伏せる。すると綾が言う。
「私ね、さっき声が聞こえたの。啓ちゃんとまた、ずっと一緒にいれるって。だから、私すごく幸せなの。これでよかったの。だから泣かないでね。ありがとう啓ちゃん。私はとても幸せです。」
笑顔で言った綾はケイの拳銃の引き金を自ら引いた。驚いてケイが叫ぶ。
「綾!!!!」
弾丸が貫いた腹部から少しずつ綾は砂になって世界から欠けていく。なのに、笑っている。本当に幸せそうな満面の笑み。
「最後に逢えて本当に良かった。ありがとう。今度はちゃんと起こしてね。お兄ちゃん。」
そう言って、綾は消えた。魂だけが残る。そして魂の方からケイに入ってゆく。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「綾・・・綾・・・・綾あああああああああああああああああああっ・・・・」
生まれてからの記憶が、想いが、共に過ごしてきた日々の思い出がケイに流れる。ケイは泣いていた。初めて見せるその泣き顔はとても、哀しくて、切なくて、苦しかった。私にはケイを慰めてあげることはできない。だから、想いっきり彼を抱きしめた。私も泣いている。辛いよねケイ。本当はあのままずっといたかったんだよね。でも私のために決心してくれたんだよね。涙が止まらない。嬉しくて、哀しくて、もう止まらなかった。ケイも声を上げて泣いた。誰にも聴こえない私たちの声はいつまでも続いた。
「ありがとう綾。」
病室を去るときケイはそういった。互いの手を取り再び歩み出す。向かうのはアキの両親の暮らす家。
両親はアキの死後、復縁し一つ屋根の下で暮らしていた。父親は娘を殺してしまったと警察に自首した。が、どういうわけか亜紀子の自殺、ということで片付けられてしまい、罪の意識に苛まれ続けていた。その影響か、ふっくらとしていた頬はこけ落ち、白髪が増え、しわも増え、一気に歳をとったようになってしまった。母もあの日から一気に老け込んでいた。形は違えど、最も愛していた娘がいない。太陽の無くなった夫婦は魂が死んだように細々と生きていた。
そんな両親を見て涙が出るのを止める事はできなかった。
「お、とうさん・・・・・おか、あさん・・・・。」
その声にハッとなったように両親が振り返る。そして、信じられないといった表情を見せ、その後すぐに駆け寄る。
「「亜紀子!!」」
アキはすっかり小さくなってしまった父と母にそれでも精一杯抱きしめられた。だからアキも精一杯父と母を抱きしめた。どれだけ、嬉しかっただろう。どれだけ、辛いんだろう。それでも私はやらなければいけない。
「お父さん、お母さん、聞いて欲しいことがあるの。」
そして、語りだす。自分が死んでから今日までのことを。罪のこと、償いのこと。辛かった事、哀しかった事。そして、自分を支えてくれた、ケイの事を。最後に、試練のことを。隠さず、偽らず、全て。
「最低だよね。自分の罪のためにたくさんの人の魂を奪って。お父さんとお母さんの魂も狩ろうなんて。親不孝もいいとこだよね・・・。」
辛くて、苦しくて、心が痛い。ケイが手を握ってくれていなかったら、心が死んでいただろう。顔も上げられない。両親の顔を窺うこともできない。怒っているだろうか。悲しんでいるだろうか。呆れているだろうか。聞き終わった父が、母が、どちらとも言わずに話し出す。
「亜紀子、幼稚園のときに三人で海に行ったことを覚えているか。」
「え・・・うん。」
忘れるわけが無い。死んでから最初に夢で見たぐらいだから。でも、どうしてそんなことを聞くんだろう。
「亜紀子、最初怖がってて波が来ては逃げてまた近寄ってを繰り返していたんだ。母さんに連れられて一緒に入ってからはもう楽しそうで、見ているだけで楽しかったんだ。」
「うん。」
どうしてだろう。視界がゆがんでよく見えない。
「遊び疲れて眠っちゃって。家に帰ったらまだ遊びたいって駄々こねて大変だったわ。」
「うん・・・・。」
つぅ、と一筋の涙が零れ落ちる。
「夜中まで、喚いて喚いて。今度は遊園地に行くって約束してやっと寝たんだよ。」
「うん・・・・うん・・・・。」
また一粒、また一粒と、こぼれる涙。溢れて溢れて、止まらない。ぎゅっとケイの手を握る。ケイもしっかり握り返してくれる。
「あの頃が一番幸せだった。亜紀子がいてくれたから私たちはとても幸せだった。」
「あなたがこの世に生まれてきてくれただけですごく幸せだったのよ。」
「うっ・・・ヒック・・・・。」
涙が止まることはない。しゃくりあげながらただ、泣き続ける。
やっとわかった。私の罪は気付かなかった事なんだ。こんなにもお父さんとお母さんに愛されて、幸せだったのに。自分は不幸なんだって思い込んで。世界に悲観して死んでしまうなんて。いつだって、私のことを見てくれていたのに。いつだって私の心配をしてくれていたのに。いつだって私のこと大切に思ってくれていたのに。
私はとても幸せだったのに。気付かなかった。当たり前だと思って生きてた。でも違ってたんだよね。
「啓君。」
「はい。」
「言えた義理じゃないが、私たちの大切な娘を、亜紀子を頼んだよ。」
「お願いね。」
「はい。」
そういって父と母は娘と向き合う。
「私たちはお前が幸せになってくれるならそれ以上の幸せは無い。だから、幸せになっておくれ。」
「ひどい母親と思われているかもしれないけれど、あなたの幸せを願っているわ。」
「お父さん・・・お母さん・・・。」
両親は笑顔で、とても幸せそうな笑顔で、最後にこう言った。
「私たちの元に生まれてきてくれてありがとう。私たちに幸せを与えてくれてありがとう。私たちは心から亜紀子のことを愛しています。」
「・・・・・・ありがとう。お父さん。お母さん。私のお父さんとお母さんでいてくれてありがとう。私はとても幸せでした。」
一閃。眼を背けることなく。両親に心からの笑顔を向ける。一筋こぼれた涙が伝い落ちる。世界から欠けて消滅するまで、父も、母も、娘も、笑っていた。
魂を背負う。もうアキは泣かなかった。父と母の自分への愛が伝わったから。私はとても幸せだから。大切な人の手を取って歩き出す。白の世界。もう、願うことは決まっている。
声が聞こえた。
「お前たちは試練を突破した。転生を迎えることができよう。そして、一つずつ願いをかなえてやろう。お前たちの願いはなんだ。」
ぎゅっと、手を握る。握り返す。伝わる思い。通じ合う気持ち。これが答え。私の心。全て。
「私は・・・・」
「俺は・・・・」
光に包まれてゆく。どこか暖かくて優しいぬくもり。しっかりと感じる大切な人の温度。おやすみなさい。幸せな朝が始まりますように。眼を閉じた。このぬくもりだけは、忘れないようにと、心に誓いながら。
――エピローグ――
「亜紀!起きなさい!遅刻するわよ!?」
うう、眠い。でもお母さんの声は私が起きるまでやまないだろうな、と思いつつ観念してベッドから起き上がりリビングへ向かう。
「亜紀、おはよう。」
「お父さんおはよー。」
父が新聞を開きながら、笑顔を見せてくれる。キッチンでは母親が朝食を準備している。
「今日から高校生なんだから!いつまでもだらけてないでしゃきっとしなさい。」
そう。私は今日から高校生なのだ。もちろん吹奏楽部に入るつもりでいる。
「いただきまぁーす。」
まだ半分寝ているけど、ご飯は食べる。トーストをかじっていると、玄関のチャイムが鳴る。
「ほら、もう二人とも来ちゃったじゃない!」
私は慌てて鞄を引っつかむ。
「行ってきます!」
「いってらっしゃい。気をつけてね。」
玄関を開けると、やっぱり二人がいた。お隣に住んでいる幼馴染で今日から同じ高校に通う。啓介と綾は双子。三人揃って同じ高校に受かれて本当に良かったと思ってる。
「おせぇぞ亜紀。いきなり遅刻なんて俺勘弁だからな。」
「遅刻なんてしないわよ!」
きっぱりと言い返すが、
「ほら、亜紀ちゃんも啓ちゃんも夫婦喧嘩してないで行くよ〜?」
やっぱり綾に一枚取られる。
「「誰が夫婦だ(よ)!」」
土壷にはまってしまう。ニヤニヤしながら、綾は、
「馬鹿であほな兄ですがよろしくね〜?お義姉ちゃん?」
「なっ・・・・」
完全に真っ赤になる亜紀。啓介も顔を赤くしてそっぽを向いている。
「ほらぁ〜行くよ〜?おいてっちゃうよ〜?し・ん・こ・んさ〜ん?」
もう、と思う。でもクスッと笑ってしまう。啓介は本当に特別でケンカもするけど、なんだかんだで頼りになる。私は、啓介の事が好き。でもどうしてだろう。この気持ちに気付いたのは、中学になってからなのに。一緒に遊ぶようになったのは幼稚園に入ってからなのに。ずっと前、そうまるで生まれてくる前からずっと一緒だったような気がする。変なの。
分からないけど、そんな感じ。でも一つ私にもはっきりと分かっていることがある。お父さんがいて、お母さんがいて、綾ちゃんがいて、そして啓介がいる。これは当たり前なんかじゃなくてユメみたいなキセキ。怒るときもあるし、悲しむときもあるし、辛い時だってある。でも、全部、全部、とても大切な私の宝物。
だから私は彼の手を握る。啓介も手を握り返してくれた。どこかで感じたことのある、暖かくて優しいぬくもりが伝わってくる。
このぬくもりだけは絶対に忘れない。いつまでも手を取って歩いていこう。啓介と一緒ならどこへだって行けるんだから。
ねぇ、神様、聞こえますか?私の声が届いていますか?これだけは胸を張って言えます。
――私は今とっても幸せです――
Soul Reparation 「完」
2008.05.22 ▲
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